明治34年(1901)、幸田成友は『大阪市史』編纂の一環として、太古から市制が施行される明治22年までの大阪のできごとをまとめた「大阪編年史」の編纂に乗り出しました。これは史実の一つずつについてその内容を要約する「綱文」(こうぶん)をあたえ、それに対応する史料を配列、筆記していったもので、いわば巨大な年表づくりというべきものです。こうして7年の期間を経て131冊の稿本が完成しました。このうち上古より慶応3年(1867)末までの92冊は昭和40年(1965)度より54年度までに『大阪編年史』全27巻として大阪市から刊行されました。
しかし、明治1年から22年の内容については、幸田も同時代による制約をまぬがれることができず、昭和54年以降に新たな史料を補いながら、その充実が図られました。その結果、幸田の段階で2171件だった綱文は、収集作業を終えた時点で18000件を超えました。現在は収集された史料本文のテキスト化を行っておりますが、まず綱文のみをデータベースとして先行公開します。
明治前期大阪編年史綱文データベース(Google fusiontables)
(使い方 ・ 動作環境)
2013年3月 大阪市史編纂所
明治前期大阪編年史データベースの凡例および注意事項
- 本データベースは、明治1年(慶応4・1868)から明治22年(1889)までのできごとをまとめた『明治前期大阪編年史』に収録されたできごとについての日付・綱文および典拠史料名を掲載したものです。編纂者である小田康徳氏(大阪電気通信大学教授)の収集方針および解題、紀要『大阪の歴史』における連載「明治編年史だより」(15~66号掲載)もあわせてご覧ください。
- 明治5年(1872)以前の月日は太陰暦、明治6年以後は太陽暦を用いて表記しています。
- 綱文の一部には、典拠史料本文に由来する表記のゆれがあります。(例)堂島・堂嶋など
- 一部日付が判明しない事項については、月ないし日の欄に以下のように記述します。
- 「年中」…当該年のあいだのできごと
- 「月中」…当該月間中のできごと
- 「日欠」…日付は不明
- 同一の月間中に複数の事項を「月中」として採録した場合、事項説明の前に( )を付して、通し番号を記しています。
- 当時の状況を反映した統計に関する事項は、日付欄に「統計」と記述しています。
- 綱文の一部には、現在からみて人権を侵害すると解釈される字句も含まれますが、史料に基づいて歴史的事実を正確に把握するため、あえてそのまま表記したものです。
- 各綱文の典拠とした史料一覧はこちらをご覧ください。なお、それぞれの史料本文は、現在一般に公開していません。これは、大阪市史編纂所が関係先より史料を収集した際、『明治前期大阪編年史』刊行以外での利用を許可されていないためです。
- 大阪市史・大阪編年史原稿、そのほか大阪市史編纂所が所蔵する史料は、普及・研究を目的とし大阪市史編纂所長が認めた場合に閲覧を許可しています。詳しくは史料情報目録および取扱内規をご確認ください。また、一部の史料は所蔵者の利用許諾が必要となります。
- 大阪市史編纂所以外の機関が所蔵する史料については、市史編纂所で閲覧することができません。各機関までおたずねください。
- 書籍・雑誌等の刊行物はお近くの図書館等でご覧ください。
- 本データベースの著作権は大阪市史編纂所が保有します。
- 本データベースの再配布・改変を禁止します。著作権法上の私的使用や引用の範囲を超えて使用する場合は、権利者の許諾を得てください。
- 大阪市史編纂所は、適切な情報提供を目的として、予告なく掲載情報を修正することがあります。
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